■姫様道中の歴史 |
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江戸時代東海道の今切(いまぎれ=新居)の難所を避ける道路として、浜名湖の北を通る「本坂道」は、宮家、公家、西国大名の貴婦人が好んで通ったと言い伝えられています。現在ではこの道は「 姫街道」と呼ばれています。
第1回目は昭和27年4月4日・5日の両日に気賀町観光協会が観光事業として「桜まつり姫様道中」として開催され、今年の4月5日・6日には第57回姫様道中が大盛況のうちに終了致しました。その模様は「 第57回姫様道中」のコーナーでお伝えいたします。是非ご覧下さい。 |
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■姫様の選出 |
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祭の主役となるお姫様は、参加する女性の中から選考委員会による選挙で選ばれます。姫様候補には自薦・他薦を問いません。第57回姫様道中で姫様役を演じていただいた姫様の様子は、「第57回姫様道中」のコーナーをご覧下さい。
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■姫様道中の面々 |
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姫様道中の行列は、まず先頭に「露払侍(つゆはらいざむらい)」が立ちます。これは、行列の先に立って道を開き行列を先導する警護と先導の役割を務めたものです。次に、先端に鳥毛の飾りをつけた長い槍を持った「毛槍奴(けやりやっこ)」、道具を入れた箱を棒の先につけ、肩に担いだ道具持ち係の「箱持奴(はこもちやっこ)」、藩政を担う重役である「家老侍(かろうざむらい)」、非常時に備え身辺警護を務める「警護侍(けいござむらい)」、姫様の手伝い係の「腰元(こしもと)」と呼ばれる女性たちが続きます。この後に登場するのが姫様です。姫様は「大傘持奴(おおかさもちやっこ)」という身辺警備を務める者がさしかける柄が長い大きな赤い唐傘の下を歩くため、行列の中央から離れたところで見物していてもその存在位置がすぐにわかります。姫様の後には大奥の奥女中の中でも最高位の身分を持つ「上臈(じょうろう)」と呼ばれるお側付きが続き、次いで姫様の近くに仕え身の回り品(主に化粧品類など)を持つ「小姓(こしょう)」、幕府や大名に召し抱えられた「典医(てんい)」と呼ばれる医者、来客の接待をする「茶坊主(ちゃぼうず)」、姫様が乗る駕籠を担ぐ「駕籠奴(かごやっこ)」(もちろん駕籠を担いで登場します)、再び「腰元」が数名、衣服や調度品などを入れる蓋付きの大きな箱を運ぶ「長持奴(ながもちやっこ)」、供として従う「供侍(ともざむらい)」がならび、しんがりは槍を持った「槍持(やりもち)」が務めます。 |
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■姫様道中の道程 |
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姫様道中の道程は毎年若干の変更がありますが、第57回の場合は気賀小学校前を12:00頃に出発し、中央商店街を経て12:15頃に清水通り、12:45頃に気賀四ツ角、桜が満開の都田川桜堤を通り13:30〜14:15頃にお祭り広場、その後気賀関所で記念撮影をした後再び中央商店街を経て、気賀小学校に戻ります。
姫様道中は単に豪華絢爛な時代絵巻が繰り広げられるだけではなく、途中で手踊りや奴踊りなども披露されます。また、姫様道中の行列の最後尾には一般の参加者が、江戸時代の商人や町娘、お百姓、虚無僧、浪人などの姿に扮して練り歩きます。 |
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■当日のその他のイベント |
姫様道中の当日には、地場産品をはじめ三遠南信地域の特産物を扱う店が建ち並ぶ「街道物産展(気賀商店街)」、気賀宿を丸ごと美術館にしてしまったかのように多数のアーチストが写真や絵画、陶芸、版画、彫刻、クラフトなどで飾り付ける「姫街道アートギャラリー(気賀商店街及びその周辺)」、音楽やダンス、大道芸などの「街角ライブ・パフォーマンス(気賀商店街およびその周辺)」などイベントも盛りだくさんです。第57回姫様道中でも様々なイベントが開催され、ちびっこに大人気の「縄レンジャー」のステージやスタンプラリー抽選会など、親子連れや観光客でにぎわいを見せました。 |
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第56回姫様道中ポスター |
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